BUZZ RICKSON’S "COAT, MAN’S, FIELD. Type. M-65 180th ARMY AVIATION CO., Size M”
INNER
Workers K&T H MFG Co "Henley Neck Sweater, White, Size M"
VEST
Workers K&T H MFG Co "Cruiser Vest, Reversed Sateen, Reactive dyeing, OD, Size 40"
PANT
Workers K&T H MFG Co "Moonglow Trousers, Brushed Soft Chino, Size 32"
HAT
HIGHER "PARAFFIN Mt. HAT, BROWN"
GLASSES
USS (United States Safety Service Co.) "BCG FRAME, 90s Dead Stock"
BUZZ RICKSON’S "COAT, MAN’S, FIELD. Type. M-65 180th ARMY AVIATION CO."
究極のフィールドジャケットとして君臨するM-65は、それまでのモデルであるM-43、M-51に改良を重ね、進化を遂げて来たモデルである。1960年代初め、アメリカ陸軍は野戦服の更新を計画し、フィールドジャケットの新型モデルM-65が開発されることになった。素材はコットン・サテンの裏使い(バック・サテン)を使用し、その基本的デザインは従来のモデルを踏襲していたが、細部には違いが見られる。襟は丸みを帯びたものとなり、その内側にはフードを内蔵している。袖口はボタン式からベルクロ・テープで調節出来るように変更され、手の保護を目的とした折り返しが追加されている。ウエストには体へのフィットと保温を目的としたドロー・コードが通されている。こうして機能性の高くなったM-65はその後も引き続き採用され、1980年にウッドランド・パターンのカモフラージュを施したものが採用される。 ⠀
180th Aviation Company
ベトナム戦争の開戦間もない1966年3月17日、ジョージア州フォートベニング基地に於いて第180航空部隊は編成された。
同年6月には南ベトナムのDong Ba Thinに移動し1973年に欧州へ転籍するまで"CH-47 Chinook"を駆って友軍の兵站を担う重要任務に就いていた。
パッチと背面の刺繍は全てローカルメイドで、立体的な刺繍の素晴らしい逸品。
背面には愛機のちぬーくをあしらったユーモラスな大型スコードロンマークが刺繍され大変迫力のある仕上がりとなっている。
100%COTTON, MADE IN JAPAN
M 肩幅47.0cm 身幅56.0cm 着丈77.0cm 袖丈64.0cm
L 肩幅50.0cm 身幅59.0cm 着丈79.0cm 袖丈66.0cm
BUZZ RICKSON'S
数々の傑作衣料の中でも、さらにその最高レベルに位置するのが"FLIGHT JACKET"であることに異論はないでしょう。飛行士の命を守るため、国の威信をかけ、莫大な開発費用と計り知れない数々の実験、そして膨大な労働力をもって究極のユニフォームは開発されました。時代の最先端素材と縫製技術、細部に至る知恵と工夫。飛行士達を夢中にした見栄えの良さ。このような"FLYING CLOTHING"の先進性と合理性は、現在においても民間衣料に多大な影響を与えています。
時は1993年、"FLIGHT JACKET"の歴史と誇りを追求する最強のブランドが誕生しました。"BUZZ RICKSON'S"。その復刻作業は、スペック、素材、フォルム、パーツに至るまで徹底的にこだわり、一着一着にクラフトマンシップを込め、本物だけが持つ魅力に肉迫します。映画「戦う翼」の劇中でスティーブ・マックィーンが演じる役名に由来する“BUZZ RICKSON'S”は1993年、大空に向けて飛び立ちました。
徹底的な素材分析がBUZZのブランドポリシー
BUZZ RICKSON'Sはフライトジャケットの真のレプリカを作ることを目指しています。そのため、現存するヴィンテージを徹底的に分析・研究しているのです。中でも素材、特に織布系素材の復元には力を入れています。まず当時の素材を、繊維構造や紡織方法に至るまで時間をかけて解明することから始めています。例えばナイロンであれば、赤外線を当てたときの変化を見る「赤外線分光分析」や、どのくらいの温度で溶けるかを見る「融点測定」などを行うことで、それが、何種類も存在するナイロンのうちのどれに当たるかを特定するわけです。こうして素材を特定できても、特に特殊な素材の場合、すでに生産されておらず、手に入らないことがわかり、そこで、その素材を自分たちで作ろうと試みたのです。ところが今度は、現在使われている紡織機では構造上作れないことが判明しました。そのため、古い紡織機を探し出し、壊れていたり調子が悪かったりする部分を分解・修理して、ようやく、思うような素材を織れるまでになったのです。